不妊治療からの妊娠・流産・出産体験

不妊治療

不妊症でもママになれる

不妊症の何がいちばんツライって、それは自分は妊娠できるのか?という不確かなゴールへ向かうことへの不安。自分が不妊治療をしていることへの疑問。

不妊症によって物事の見方が歪んでいくこと、一生懸命がんばっても自分ではどうにもならないこと、将来設計が立てにくいことなどへのイラだちなどなど、精神的なことが主な気がします。

もちろん、肉体的にも治療をすすめることで苦痛を伴うわけですが、薬の服用などでホルモンの影響も顕著に現れるのか、気分の浮き沈みが激しかったり、喜怒哀楽が激しくなったりで、やはり、精神的なものがいちばんツラかったと思います。

自然妊娠ができる人や独身で子供についてまだ考えていない人、自分の両親、夫の両親などに相談したところで、心から「大変なのね。」とは言ってくれるものの、やっぱりほんとうのツラさは分かってもらえない。これはきっと、一緒に頑張る夫にさえ伝わりきらないツラさだと思います。

私自身、夫以外の人に分かってもらいたいと思ったことはないけど、せめて、同じ思いをしている方のお役に立てればと思っております。

今、不妊症で悩んでいる方へ私からお伝えしたいことは、このツラい体験はきっとあなたにとって、『必要不可欠なプロセス!』

これを乗り越えれば、新しい何かが見えてくると信じて、ともに頑張りましょう!

実際、私は、不妊症の苦しみなしに子供を授かっていたら、こんなに我が子が愛おしいものだと感じられなかったかもしれない。だから、強く望んで産むことを試練とされたんじゃないかとも思っています。

不妊症で私と同じような思いをしている方へ、『一人じゃないよ!』と言いたい。

あなたを支えてくれる周りの人たちへ感謝をしながら、時にはおもいっきり泣いて、甘えて、ひたすら前向きに頑張っていきましょう。

ちなみに、私は、はやく白黒はっきりさせたいイラチな性格のうえ、かなりの泣き虫です。また、困ったことに、外では悩みなんてありません的な顔をしてしまい、外面とほんとうの自分とのギャップに苦しむおバカさんです。

不妊症と診断された

不妊症

そもそも、私が不妊症と診断されたのは、結婚して4年8ヶ月目28歳の時。

結婚がまあまあ早かった我が家は、3年は子供を作らず、二人で楽しもうと決めていた。そのため、最初の3年は避妊をしたりしなかったり。

1年目は私が仕事をしていることもあって、完璧に避妊していましたが、2年目以降は「二人で楽しもう」と言いつつ、まあ、できたらできたでいいか!的な気持ちになっていました。

ところがどっこい、そんな気配さえなく、4年目の結婚記念日を過ぎてからは基礎体温計とやらを購入してみて、自分で排卵日をチェック。ここと思われる日に試してはみたけどやはり全く気配なし。そんな日々が8ヶ月。

一般に1~2年できなければ不妊症と診断されるらしいが、そこは白黒はっきりさせたく、イラチな私。病院に行って、不妊症かどうかだけでも知りたい!

もし、不妊症でなければそのうち授かるだろうし、不妊症なら少しでも早く治療を始めた方が良いと思い、すぐさま病院へ。

当時、不妊症の友達はおろか、不妊専門の病院へ行ったことがある人なども周りにはおらず、どんなところか少しドキドキしながら、でも、たぶん「正常ですよ!」と言われるだろうなぁ~~と高をくくって病院へ行った。

が、いきなり血液検査でホルモン値がデタラメなことになっていることが判明!自力での妊娠は難しいとの宣告。

排卵期に多く出る卵胞ホルモンが排卵期には少なく、排卵後に出る黄体ホルモンが排卵期に多くでる。また、その逆で、排卵後に多く出る黄体ホルモンが排卵後には少なく、排卵前に出る卵胞ホルモンが多く出でいるとのこと。

「ちょっと確認」くらいの軽い気持ちで病院に行った私は、予想外の診断結果にかなりのショック。

それから考えることといえば、「いつから不妊なのかな。3年間、避妊なんかしなければ良かった。でもあの3年の間に子供ができていたらやっぱり困ったし、楽しめなかったよな。

私はいつ赤ちゃんが産めるのかな。はたして産めるのかな。産めないかもしれないのかな。不妊治療ってお金かかるのかな。治療ってどんなのかな。心配かけるし、密かに治療してそれでできたらそれでいいし、お母さん達には言わないでおこうかな。でもやっぱり言っておこうかな。」などなど。

そして、まだ、検査は途中段階。原因がこれだけですまないかもしれない不安がよぎり、その時与えられた検査結果をもとに、とにかくネットで検索しまくる日々でした。

不妊治療体験

不妊治療体験

私の不妊治療体験は、結局、卵管などには異常はなく、ホルモンバランスを整えることから始まった。

ただ、ひとつ気になるのは、ヒューナー検査の結果が2回連続で「やや不良」であったこと。私のホルモンバランスもおかしいけど、夫の方も・・・男性不妊?!

でもとりあえずは、夫の男性不妊検査は後にして、私の薬・注射でのホルモン治療とタイミングをみてもらうことに。いざ、初めての不妊治療体験開始!!

生理初日から数えて8日目より14日目まで、薬(セキソビット)の服用。12日目に最初の卵チェック。この時、卵は12ミリ。

ちなみに、28周期の人では、14日目くらいに23~24ミリになり排卵する。しかし、私の場合、排卵を促す卵胞ホルモン値が低いことから、なかなか卵が大きくならない。。

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16日目に再度、卵チェック。この時14ミリ。4日で2ミリしか大きくなっていなかったため、注射(フェルティノーム)をした。

さらに18日目にも同じ注射。20日目にやっと23ミリになり、やっと排卵の気配。この1週間、2日に1回の割合で、仕事が終わってから激混みの病院へ通ったため、体は結構ヘトヘト。でも、やっと待ちに待った排卵日。なにがなんでも頑張るしかない。

なんとかタイミングを持ち、翌日は排卵が正しく行われたかチェックするため、またもや病院へ。確認の結果、どうやら排卵していたようなので、タイミングはバッチリ。

ここで、黄体を刺激する注射(HCG)を1本。その翌日からは、黄体ホルモンの働きを助ける薬(プレマリンとルトラール)を12日間服用する。

高温期に入ればやっと私の病院通いが休憩に入る。が、しかし、頭の中にお休みはない。

排卵後の基礎体温にも一喜一憂。

2週間経たないと何も分からないのに、1週間過ぎたあたりから、体温、右肩上がりだ。これはいきなり、もしかし。。若干、気分が悪いような。など、ほとんど想像妊娠状態。

基礎体温が前日より0.2度ほど下がった日には、意味もないのに、真昼間に何度も体温を計ったりして、その日一日テンションが低かったりする。

また、次の日に37度を越したりすれば、やっぱりできたかも☆と機嫌が良くなったりする。

またまた、イラチな私は、生理予定日の前々日から前日にかけて検査薬をしてしまい、出てきた結果にトイレで涙。でも、時間が経てば陽性って出るかもとか考え、そのまま1時間ほど放置。変わらぬ結果にまた涙。

薬が飲み終わる頃に妊娠チェックのため病院へ。ほんとうはここで、尿検査をして結果を知ることになる。

陰性と出れば、数日で生理がやってくるので、また薬(セキソビット)を
処方してもらい、次のタイミングへの準備に入る。

私の場合、とりあえず、この流れを数ヶ月(3~6ヶ月)試してみて、それでも結果が出ないなら、人工授精に切り替えましょうとのお話でした。

そんな不妊治療の日々を数ヶ月繰り返し。私の不妊治療は続くのでした。

妊娠判明

妊娠

遂に妊娠判明!!

数ヶ月、薬と注射の治療を続けた結果、生涯ではじめての陽性反応が出て妊娠判明!!

はじめの1~2ヶ月は、期待するあまり、生理予定日前には、自宅で検査薬をしていたが、3ヶ月目くらいからは、なんだかむなしく、悲しい気持ちになるだけな気がして、病院での尿検査まで妊娠検査薬をしないようになってきた。

その日も、数ヶ月の不妊治療と仕事と家庭の3本柱に疲れが出ていた私は心底、期待などなく、ただ、来いと言われる日に病院に行っているような感じで行っていた。

病院に着くと、診察の前に尿検査をして提出しておく。その時も、ほんとうに次のタイミングのことを考え、スケジュール張を見たりして待っていた。

私の順番がきて、診察室に入り、また、「残念でした」と言われると思っていたら、「おめでとう!!」と言われ、何がなんだか??

一瞬、理解できなかったが、まわりの看護婦さんたちも笑顔だったので、やっと実感というか、理解ができてきて、その場で泣いてしまった。

でも、まだ尿検査の段階。子宮には何も見えていないし、人に言うレベルではないけど、この気持ち押さえきれず、帰りに友達に電話して、早速報告してしまいました。

ちなみに、夫は仕事中、まったく携帯が通じないので、報告が後回しに。

もちろん、帰宅後、早速報告をしました。が、夫は、「またウソついて~~。」と全く信じてもらえず、病院からもらって帰った検査薬を見せて、はじめて「えっ!!ほんとうなの??」と食いついてきた。

夫は、私以上に、期待していなかった様子。

意外とこんな感じの時のほうができるのかな?!という気がします。肩に力が入っていないというか。

1週間後に撮った、赤ちゃんの袋が写ったエコー写真を毎日、穴があくまで見て、「かわいい!!」と言っていました。

なにはともあれ、人生で初めての妊娠。感想としては、「私も妊娠ができた。。」という感じでした。

夫婦の危機と絆

夫婦

不妊治療は、1人ではできないもの。そこには他人には言いにくい夫婦の危機があった人もいると思う。

不妊治療は夫と2人で立ち向かってこそ叶うものだと思う。でも、2人で立ち向かうといっても、これはこれで男と女では温度差が違っていて、なかなかうまくいかない時もしばしば。正直、私も夫婦の危機を感じたこともありました。

夫は、特に子供が好きというタイプではなく、どうしても子供が欲しい!!とは思っていなかった。というか、まわりに子供がいなかったため、子供とはどういうものか、いまいちピンときていなかった。

だから、こんな不妊治療までして子供を作らなくても、自然に任せて、できたらできたでいいし、できなかったら人生、夫婦二人で楽しめばいい。という考えでした。

一方、私は、姉に子供がいたせいもあって、やっぱり自分の子供がほしい。というか自分の子供に会ってみたい。夫の子供に会ってみたい。せっかく女に生まれたからには、子供を産んでみたい。という気持ちが強かった。

こんな二人だから、夫が不妊治療を理解していくまでは、夫婦喧嘩することもしばしば。そのうち何回かは、夫婦の危機が訪れそうでした。

特に、仕事が忙しい時期だったので、ただでさえいっぱいいっぱいだった夫は、勝手にスケジュールを決められ、半強制的にタイミングを持たないといけないことにイラだっていた。

治療を始めてから、初めてのタイミングの日、仕事から帰ってきた夫が、「なんか熱っぽいから、今日は勘弁して~~。」と言ってきた。

普段なら、「大丈夫?!」と言える私も、この時は気が立っていたというか、焦っていたのか、全く気持ちに余裕がなく、「絶対、今日じゃないとだめ!!こっちは毎日、仕事が終わってから病院に行って、今日の日のために頑張ってきているのに、少しは協力してよ!」と怒り泣きする始末。

今思えば、熱があるんだから、1回くらい、見送ってもしょうがないことなのに、その時はそんな余裕まるでなし。なんとか夫も協力してくれたが、翌朝39度の熱が出た夫をみて大反省。自分の身勝手さに嫌気がさした。

もちろん、夫の気持ちも十分に理解できるが、こっちもこっちで何日も病院に通い、お金もかかり、今回を逃すと1ヶ月先までまた待たないといけない。という気持ちが先走り、だんだんとお互いに思いやりを持てない状態になっていた。

だから、喧嘩するたびに、不妊治療なんかしなくても子供ができたら、こんな余計な喧嘩はしなくてもいいのに。なんで、子供がほしいと二人で頑張っているだけなのに、喧嘩しなくちゃならないの。。と思う日々。

でも、不妊治療を続けていく中で、夫も少しずつ理解をしてくれるようになり、いつしか、絶対的に協力してくれるようになりました。

また、私が救われたのは、夫が「子供ができなければ夫婦二人でお金も自由に使って楽しんでいったらいいよ。」と言ってくれたこと。

頑張って、無理だったとしても夫婦であり続けられる。夫は私を見捨てない。という安心感があったことは私にとって、とても大切な心の逃げ場でした。

雨降って地固まるじゃないけど、夫婦の危機を乗り越えてこその絆が生まれた気がします。

この不妊治療のお話は4話完結です。是非、続きも読んで下さい。
このページは、1話目です。